台湾①   (台湾の悲しい歴史)

私は台湾が好きだ! 50年ほど前、台湾に2年間の語学留学をしていた。当時は日中国交回復のすぐあとで、台湾との国交は無くなっていて、蒋介石が率いる国民党独裁国家の時代であった。

台湾がアジアの孤児と呼ばれ始めたころである。アメリカに追随して,一方的に国交を断絶した国から来た名もない、一日本人の学生の私を暖かく迎えてくれた。台湾にいた2年間で一度も日本人だからと言って差別を受けたことはない。感謝している、だから50年たった今でも台湾の人が大好きである。

台湾の歴史は大国の利益のために翻弄された悲しい植民地の歴史である。1624年のオランダ、スペインによる植民地に始まり、1894年の日清戦争で日本が勝利し、台湾は日本領となった1895~1945までの50年間、日本統治下の元、日本語の強制や日本名への改名等、屈辱的な仕打ちをうけた。

日本の敗戦により中華民国となり、中華民国政府の統治が始まったが、喜びもつかの間で、もともと台湾に住んでいた住民の政治参加は認められず、外省人による高圧的な支配が続き、1947年大規模なデモが起こり、政府が武力で鎮圧し、多くの住民が犠牲になった、いわゆる二・二八事件である。

1949年大陸で中国共産党に敗れた蔣介石率いる国民党は台湾へ撤退し、台湾で中華民国政府を継続し、一党独裁体制を1987までの長期にわたり敷くことになるのである。

なぜ台湾の人たちに悲しい歴史続いたのか? 日本の九州とほぼ同じ程度の面積しかない国を、大国がこぞって支配しようとした理由は,台湾が地理的に東アジア海上交通野のかなめであり。中国大陸・日本列島・東南アジアを結ぶ海域の中心にあり、海洋進出を狙う列強にとっては魅力的な土地であったことが考えられる。
又経済的には、サトウキビ・茶の生産量が昔から豊富であり、海上交易の中継地であるにもかかわらず、軍事力が乏しく,清国や日本の侵略を簡単に受けてしまったのである。

私が台湾にいた頃は蒋介石政権の末期ではあったが戒厳令がしかれていたし、台湾の学生たちも政治批判を口にすることを恐れているように見えた。

2019年、私は台湾を旅行し、見事に民主国家に変わり、経済発展をした台湾を見て驚いた
いったい何が台湾で起こったのか、次回ブログで考察してみようと思います。

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